北帰行

眼を醒ますと、列車は降りしきる雪の中を、漣ひとつ立たない入り江に辿り込む孤帆のように、北にむかって静かに流れていた。夜明けが近いのか、暗色に閉ざされていた空は仄かに白み始め、吹雪に包まれた雪景色の単調な描線が闇から浮かび上がってきた。暗澹とした空の下で、しんと澄みきった夜明けの藍色に染まる曠野は、死者たちの瞳に宿る光のように冷やかな深みを感じさせていた。その深みに入ろうとする者は寒冷な大地に自分の内部を晒されて、思わずたじろいでしまうに違いない。雪は死者のたちのために降る。白い世界を走り抜ける列車は、死者たちの無数のまなざしに射竦められて動けなくなる。 実際、さっきから列車が少しも進行しないかと思えるほど、窓外の風景には変化がなかった。雪まじりの凩がごうごうと鳴ると、窓枠の隙間から身をきるような寒気が忍び込み、背筋を伝って足元に抜けていった。私は思わず身震いすると、襟を掻き寄せて首をすっぽり埋め、その温かみの中にかじかむ指先を差し入れた。車輛には暖房が入っていたのに、体内からひろがる悪寒のような冷気がひたひたと波打ち、私の躰を冷たくさせていた。暗闇から抜け出ようとするその列車のように、私もまた暗い二十歳から抜け出ようとしている頃だった。 ** 啄木が大逆事件に異常なまでの関心を抱いてその真相を究明したのは、彼が一人のジャーナリストであったためというばかりではないだろう。彼は詩人であったからこそ、国家の犯罪を糺明せずにはいられなかったのではないか。